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神戸地方裁判所 平成4年(ワ)773号 判決 1993年5月19日

原告

尾田育美

ほか二名

被告

三宅美津雄

主文

一  被告は、原告尾田育美に対し、金四四二八万五九八七円及びこれに対する平成二年九月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告尾田康明及び原告尾田晴子それぞれに対し、各金二二〇万円及びこれに対する平成二年九月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の各負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告は、原告尾田育美(以下「原告育美」という)に対し、金一億一四一二万二〇八三円及びこれに対する平成二年九月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告尾田康明(以下「原告康明」という)及び原告晴子(以下「原告晴子」という)それぞれに対し、各金三八五万円及びこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故により重傷を負つた原告育美が、自賠法三条に基づき、また、原告育美の両親である原告康明及び原告晴子が、近親者として、民法七〇九条に基づき、被告に対し、それぞれ損害賠償を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  (本件事故の発生)

原告育美(昭和四八年四月一三日生)は、平成二年九月二三日午前七時一〇分頃、兵庫県三原郡緑町倭文長田三一五番地の九先の交差点(以下「本件交差点」という)において、自転車に乗つて北方から南方に横断した際、東西道路を東進してきた被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車両」という)に衝突され、負傷した。

2  (原告育美の受傷と治療経過)

原告育美は、本件事故により、急性硬膜下血腫、外傷性胸間出血、外傷性水頭症の傷害を負い、そのため、次のとおり現在に至るまで入院治療を受けている。

(一) 平成二年九月二三日から平成三年三月一日まで県立淡路病院に入院

(二) 平成三年三月一日から現在まで翠鳳第一病院に入院中

3  (原告育美の後遺障害)

原告育美は、前記傷害のため、本件事故直後から現在まで、意識障害が続き、四肢の機能がほぼ全廃し、中枢性排尿・排便障害を残したままの状態にあるが、平成三年五月一二日、右の後遺障害を残して症状固定との診断を受け、自賠責保険においては、自賠法施行令後遺障害等級表一級に該当する旨の認定を受けた。

4  (被告の運行供用者責任)

被告は、本件事故当時、被告車両を所有し、これを自己の運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、原告育美が被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

5  (損害の填補)

原告育美は、本件事故による損害の填補として、これまでに被告から前記症状固定時までの治療費として合計金二八五万五九一〇円の支払を受け、また、自賠責保険から金二五〇〇万円(後遺障害分)の支払を受けた。

6  (原告らの関係)

原告育美は、原告康明及び原告晴子夫婦の間に生まれた長女である。

二  本件の主たる争点

1  原告育美の損害額の算定

被告は、原告育美が被つたとする各損害費目についてそれぞれの必要性と適正金額を争うところ、そのうち、主な争点は次のとおりである。

(一) 将来の付添介護費の算定期間

(原告らの主張)

(1) 原告育美は、前記後遺障害の内容からすると、将来にわたつて、常時の付添介護を要する状態にあるから、一八歳(症状固定時)の女子の平均余命である六四年間について、一日当たり金六〇〇〇円の割合によつて算出した付添介護費を本件事故による損害と認めるべきである。

(2) 被告は、原告育美がいわゆる植物人間状態にあることをもつて、平成余命まで生存することはない旨主張するが、原告育美のように事故時二〇歳未満の若年の患者の場合には長期間生存し又は植物人間状態から脱却する患者の割合が高いこと、原告育美の入院している翠鳳第一病院は医療設備のすぐれた脳外科の専門病院であり、今後とも適切な治療を受け得ること、さらに今後の医学の進歩等を考え併せると、原告育美が引き続き適切な治療を受け続けることによつて平均余命まで生存する蓋然性があるというべきであり、被告の右主張には十分な根拠がない。

(被告の主張)

原告育美は、回復の見込みのない完全な植物人間状態にあるところ、このような患者は、常に肺炎や窒息、褥創による敗血症、尿路感染症等による死亡の危険にさらされているために早期に死亡する可能性が高く、平均余命まで生存する蓋然性は低いから、その生存可能期間はせいぜい二〇年間程度といわなければならず、本件においても、平均余命をもつて原告育美の生存可能期間とみた上で将来の付添介護費を算定することは相当でない。

(二) 将来の治療費と差額室料の必要性の有無

(原告らの主張)

(1) 原告育美の症状からすると、症状の悪化を防ぐために医療機関に入院して二四時間体制にて医師の診察、治療を受ける必要性があるから、症状固定時以降の治療費についても、本件事故による損害と認めるべきである。

(2) また、原告育美に対しては前記のとおり常時原告康明又は原告晴子による付添介護が必要であり、現在、右原告両名が昼夜交替で原告育美の介護に当たつているところ、そのような介護の実情からすると、個室入室でなければ十分な介護ができないものであるから、室料の差額分についても、本件事故による損害と認めるべきである。

(3) そして、以上による将来の差額室料を主とする治療関係費としては、月額金一三万円を下回らないから、原告育美の平均余命までの期間について、右割合による金額の支出を損害として認めるべきである。

(被告の主張)

原告育美について、症状固定時以降も医療機関に入院して常時医師の診察、治療を受けなければならない必要性があるかどうかは疑問であるし、また、原告ら主張の個室入室の点については、原告育美は症状固定時までの間は個室に入つていなかつたものであつて、その必要性には疑問があるから、原告ら主張の差額室料を主とする治療関係費については、本件事故による損害と認めるべきではない。

(三) 後遺障害による逸失利益算定における生活費控除の当否

(原告らの主張)

被告は、植物人間状態にある原告育美について、労働能力の再生産に通常必要な生活費の支出を免れているから、後遺障害による逸失利益の算定に当たつては、五割の生活費控除をなすべき旨主張するが、原告育美のように若年の患者の場合には、前記のとおり植物人間状態から脱却して回復する可能性があるから、死亡者と同様の生活費控除をなすべきではない。

(被告の主張)

原告育美は、完全な植物人間状態にあり、原告育美の生活に必要な費用というのは、もつぱら病院における治療費と介護費に限られ、通常の場合に必要とされる労働能力再生産のための生活費の支出は免れるのであるから、原告育美の後遺障害による逸失利益の算定に当たつては、五割の生活費控除をなすべきである。

2  過失相殺

(被告の主張)

(一) 本件交差点では、信号機による交通整理が行われているが、左右の見通しは悪い。本件事故当時、被告が被告車両を運転して東進していた東西道路は黄色の灯火の点滅、原告育美が自転車に乗つて南進してきた北西からの道路は赤色の灯火の点滅になつていた。

そして、被告は、制限速度と同じ時速五〇キロメートルの速度で本件交差点に差しかかつたところ、本件交差点の手前約一〇数メートルの地点で、その左方の北西道路から原告乗車にかかる自転車が飛び出してくるのを発見したため、急制動措置を講じたものの間に合わず、被告車両の前角部分が右自転車の右側面に衝突した。

(二) 以上によると、原告育美は、本件交差点内に進入するに当たり、赤色の灯火の点滅信号に従つて一時停止すべき注意義務があり(道路交通法施行令二条一項)、しかも、本件交差点では左右の見通しが悪かつたのであるから、一旦停止して左右の安全を確認すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、漫然と本件交差点内に飛び出して進入してきたのであるから、原告育美にも本件事故の発生について多大な過失があつたといわなければならず、原告らの損害の算定においては、五割を下回らない過失相殺をなすべきである。

(原告らの主張)

本件交差点では左右の見通しが悪いのであるから、被告には、この状況に応じ、減速徐行して本件交差点内に進入すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠つて時速五〇キロメートルの速度のままで本件交差点内に進入してきたという著しい過失があるから、本件事故の発生につき、原告育美の過失が寄与したとしても、その割合というのは三割程度にすぎない。

第三当裁判所の判断

一  原告育美の症状と原告康明及び原告晴子の付添介護の実情

前記当事者間に争いのない事実と証拠(甲一号証、四号証の一及び二、五ないし七号証、八号証の一ないし四、一七号証の一ないし三、一八号証及び原告康明の供述並びに弁論の全趣旨)を総合すると、次の各事実を認めることができ、この認定覆すに足りる証拠はない。

1  原告育美(昭和四八年四月一三日生)は、原告康明(父)及び原告晴子(母)の間の長女として生まれ、その肩書住所地において右家族三名にて居住しており、本件事故当時は一七歳で、兵庫県立洲本高校二年に在学していた。

2  原告育美は、本件事故に遭つたのち、県立淡路病院に入院して治療を受け、その後は現在に至るまで翠鳳第一病院において治療を受けているが、事故直後から、前記脳損傷の結果、重度の意識障害(半昏睡及び失外套状態)、言語障害、四肢機能のほぼ全廃(四肢運動麻痺、自力移動不能)、嚥下及び摂食障害、排尿・排便障害等が生じており、現在もそのような状態にあるため(以下、これを「本件後遺障害」という)、自宅療養に変えることは不可能である。

なお、原告育美の現在の症状を敷衍すると、次のとおりである。

(一) 原告康明及び原告晴子が話しかけても、全く反応を示さず、介護しているのが誰であるかについても全く理解できない。

(二) 自力摂食は不可能であり、鼻腔から流動食を入れている。

(三) 糞尿失禁があるため、管を挿入している。

(四) 呼吸に支障がないようにするため、第三者が常時付き添つて、痰を除去しなければならない。

3  そして、原告育美の右のような本件後遺障害については、翠鳳第一病院の担当医師の診断によると、将来、各機能が回復する見込みはなく、就労能力はもちろん生活能力も全廃に等しいとされている。

4  原告康明及び原告晴子は、本件事故直後から現在までの間、毎日、互いに交替したりしながら入院治療中の原告育美に常時付き添つて介護に当たつているが、そのため、原告康明は勤務先(株式会社レイダン)の仕事を休むことになり(その間の給与は不支給)、また、原告晴子もそれまでの勤務先(江夏電材)を退職して介護に専念することになつた。なお、原告康明及び原告晴子は、原告育美が県立淡路病院に入院していた期間中において、介護に便利なようにと同病院近くにマンシヨンの一室を借り受けて(賃料月額金四万円弱)、これに移り住んだこともあつた。

5  原告育美は、平成三年三月以降翠鳳第一病院に入院しており、現在では、昼間は原告晴子が、夜間は勤務(料理旅館に勤務を変更)を終えてきた原告康明が、それぞれ交替しながら常時原告育美の付添介護に当たつている。

二  原告育美の損害の算定

1  症状固定時(平成三年五月一二日)までの治療費と付添介護費

(一) 治療費(争いがない) 金二八五万五九一〇円

(二) 原告康明及び原告晴子の付添介護費 金一九一万六〇〇〇円

原告育美の重篤な容体からすると、本件事故直後から常時付添介護の必要性があつたと認めるべきところ、原告康明及び原告晴子が交替で常時原告育美に付き添つて介護に当たり、その間、原告康明については休業のために給与の支給を受けられず、原告晴子は勤務先を辞めたこと、また、原告育美が県立淡路病院入院中には、原告康明と原告晴子が近くのマンシヨンを賃借してこれに移り住み、そのために賃料等の支出を要したことなどは前記認定のとおりである。

そして、これらの事実のほか、弁論の全趣旨によつて認められる県立淡路病院では完全看護とされている事実をも総合して考えると、原告育美の症状固定時までの入院期間合計二三二日間のうち、県立淡路病院入院中の一〇一日間については一日当たり金六〇〇〇円の割合によつて、また、翠鳳第一病院入院中の一三一日間については一日当たり金一万円の割合によつて、付添介護に要した損害と認めるのが相当である。

これに従つて、右付添介護費を計算すると、合計金一九一万六〇〇〇円となる。

2  平成三年七月までの間の紙おむつ代 金六万円

証拠(甲二号証の一ないし一一、三号証の一ないし三二及び原告康明の供述)によると、原告育美の紙おむつ代や綿棒、タオル、テイツシユペーパー代等として、本件事故後から平成三年七月までの約一〇か月の間に合計金八万〇九八九円の支出を必要としたことが認められるところ、前記認定にかかる原告育美の糞尿失禁状態からすると、右のうち、紙おむつ代は重要な介護雑費として取り上げるのが相当であるから、右各証拠によれば、月額金六〇〇〇円の割合によつて右の期間の紙おむつ代として認めるのが相当である。そうすると、右の期間の紙おむつ代は合計金六万円になる。

そして、右認定にかかる支出金のうち、紙おむつ代を除くその余の綿棒やタオル、テイツシユペーパー代等については、その金額と必要性等に照らし、次の入院雑費に含めて一括して算定するのが相当である。

3  平成四年四月三〇日までの入院雑費(原告らの主張に基づく期間) 金八七万九〇〇〇円

前記認定にかかる原告育美の重篤な症状と前記2でみた紙おむつ代以外の雑費としての支出状況等によると、本件事故後から平成四年四月三〇日までの間の合計五八六日間の入院雑費としては、一日当たり金一五〇〇円の割合によつてこれを認めるのが相当である。

これに従つて計算すると、右入院雑費は、合計金八七万九〇〇〇円となる。

4  将来の費用

(一) 付添介護費

(1) まず、原告育美の本件後遺障害の内容と程度、今後の症状及び機能の回復の見通しが良くないことは前記認定のとおりであり、これによれば、原告育美については、終生にわたつて付添介護を要するものと認めるのが相当である。

(2) そこで、次に、右付添介護を必要とする期間について検討する。

イ 被告は、前記のとおり、原告育美が回復の見込みのない植物人間状態にあることを理由として、本件事故後二〇年間程度しか生存する可能性がないから、右付添介護を要する期間も生存可能期間と一致するので、せいぜい右二〇年間程度についてのみ将来の付添介護費が認められるにすぎない旨主張するので、この点について判断する。

ロ まず、被告がその主張の根拠として提出する乙三号証によると、昭和三七年から平成元年までの間に発生した交通事故によつて受傷した重度後遺障害者(植物状態患者)のうち自動車事故対策センターが介護料を支給した合計一七九四名のうち、平成二年三月三一日時点での死亡者が九二五名、生存受給者が五八六名、脱却者が一四四名であること、そして、右時点において、右死亡者のうち、事故発生時から二〇年未満で死亡した者の数が九二一名に及び、全体の九九・五六パーセントを占めていること、また、生存受給者のうち、事故発生時から二〇年以上を経過している者の数はわずか九名であり、全体の一・五三パーセントを占めているにすぎないことが認められる。

ハ しかしながら、他方で、同号証によつて、事故発生時の年齢別に検討してみると、前記患者のうち、事故発生時の年齢が原告育美と同様の一〇歳代の者については、死亡者が八五名であるのに対し、脱却者が四七名、前記時点における生存受給者が一〇六名となつており、また、同年齢が二〇歳代の者については、死亡者が五九名であるのに対し、脱却者が三三名、前記時点における生存受給者が一〇八名となつていること、そして、事故発生後二〇年以上を経過して生存している前記九名については、いずれも事故発生時二〇歳代以下の若年の者であることが認められる。

ニ 右にみた各統計データを検討すると、いわゆる植物人間状態にある患者の生存期間は相当限られたものであり、短期間内に死亡する者が多数を占めているといわなければならないが、他方で、事故発生時に二〇歳代以下の若年の者については、脱却者と生存者の割合が高い上、被告の指摘する事故発生後二〇年以上の期間を経過してもなお現実に生存している者が一〇名近くも見受けられるのである。

そして、患者の生存可能期間というのは、元来、当該患者の症状、年齢、介護体制、治療条件、その他患者の置かれている環境と医学の進歩等に大きく左右されるものであり、さらに植物人間状態にある患者の生存可能期間についてはいまだ必ずしも十分な調査、研究等がされていないものであることは当裁判所において顕著な事実であるから、そのような患者の生存可能期間について、たやすくこれを限定的に認定すべきではないと解するのが相当である。

しかるに、本件においては、証拠(甲一八号証、原告康明の供述及び弁論の全趣旨)によると、原告育美は、本件事故当時、健康な一七歳の女子高校生であつたこと、原告康明及び原告晴子は今後とも原告育美の付添介護に全力を尽くす気持ちでおり、現在入院中の翠鳳第一病院においては十分な専門的治療を継続して受け得ること、そして、原告育美自身、本件事故後既に約二年六か月以上を経過して大きな症状の変化がないまま推移していることが認められ、そのほか、被告においては、原告育美の生存可能期間が通常人のそれよりも大きく下回るべきものであるとする証拠としては先に検討した前記乙三号証以外に提出するところがないのである。

ホ 以上に認定説示した統計的データの内容と原告育美の年齢、介護の実情、治療条件等を総合して考えると、原告育美について、今後、長期間生存し又は現在の状態から脱却する可能性を否定することはできず、その生存可能期間を限定的に解すべきだけの十分な根拠を見出し難いといわなければならないから、結局、通常の場合の平均余命をもつてその生存可能期間と認めるのが相当である。

(3) そこで、将来の付添介護費の金額について検討する。

これまでに認定説示した原告育美の本件後遺障害の内容と程度、原告康明及び原告晴子の介護の実情等を総合して考えると、症状固定時以降の付添介護費としては、一日当たり金六〇〇〇円の割合をもつてこれを認めるのが相当があるが、他方、前記(2)で検討したように原告育美の生存可能期間については将来の予測という面が拭えないものである以上、当事者の負担の公平をも考慮すべきであるから、症状固定時から二〇年を経過したのちについては、これを控え目にみて一日当たり金三五〇〇円の割合によつて算定するのが相当であるというべきである。

(4) そして、平成二年簡易生命表によると、一八歳(原告育美の症状固定時の年齢)の女子の平均余命は六四・四〇年であるから、原告育美はその後六四年間にわたつて付添介護を要するものということになる。

(5) 以上によると、原告育美の将来の付添介護費としては、症状固定時から当初二〇年間については一日当たり金六〇〇〇円の割合によつて、その後の四四年間については一日当たり金三五〇〇円の割合によつてこれを算定すべきものであるから、新ホフマン式計算方法によつて中間利息を控除してその現価を算定すると、次の計算式により、合計金四八六〇万九二七七円となる(円未満四捨五入。以下同じ。)。

六〇〇〇(円)×三六五×一三・六一六〇=二九八一万九〇四〇(円)

三五〇〇(円)×三六五×(二八・三二四六-一三・六一六〇)=一八七九万〇二三七(円)

(二) 治療費及び差額室料を主とする治療関係費

(1) 症状固定時以降平成三年六月三〇日までの間の治療費 金一六万三八二〇円

証拠(甲一号証、八号証の一ないし四、一七号証の一ないし三、一八号証、原告康明の供述及び弁論の全趣旨)によると、右の期間における投薬料、処置料等の治療費合計金一六万三八二〇円については患者負担とされ、平成三年七月一日以降の右治療費については公的扶助によつてまかなわれていることが認められる。

そして、これまでに認定説示した原告育美の重篤な症状からすると、症状固定時以降の右のような治療費については、症状の悪化を防止するために必要なものであり、本件事故の損害と認めるのが相当であるから、右金一六万三八二〇円については本件事故と相当因果関係のある損害と認めるべきである。

(2) その後の差額室料を主とする治療関係費 金三三七万〇三八〇円

イ 次に、原告らは、原告育美の症状からすると、原告康明及び原告晴子が常時付き添つて介護に当たらなければならないが、そのような実情からすると、個室入室でなければ十分な介護ができないとして、将来にわたり、個室入室に要する差額室料を主として月額金一三万円の割合による治療関係費を損害として請求している。

ロ 前記各証拠によると、原告育美は翠鳳第一病院において当初三人部屋の病室に入室しており、症状固定後もしばらくは同様であつたが、その後個室に移り、毎月、月額金一二万円前後の室料と一万数千円程度の電気料、機材料等を負担してきていることが認められる。

たしかに、原告育美の重篤な症状と長期間に及ぶ介護の労苦等にかんがみると、原告康明及び原告晴子にとつて原告育美の個室入室が便宜であることは想像するに難くないところである。しかしながら、同病院入院後から症状固定を経たのちしばらくの間は個室入室ではなかつたことは前記認定のとおりであり、また、その後の個室入室の必要性に関する医師の診断の存在について十分に立証がされていないことなどに照らすと、本件において、原告ら請求にかかる差額室料を本件事故による損害として直ちに肯認するのは困難であるといわなければならない。

ハ もつとも、右各証拠によると、前記認定にかかる電気料、機材料等については、個室入室の有無にかかわらず、患者負担とされていることが認められるから(甲一号証との対比)、これらについては、月額金一万円の割合によつて控え目に算定した金額をもつて将来の治療関係費として本件事故による損害と認めるのが相当である。そして、その支出の開始時期については、明確な証拠の提出のある平成四年五月以降からとするのが相当であるから、右時点(その当時原告育美は一九歳)からその平均余命である六三年間について(前記簡易生命表によると、一九歳の女子の平均余命は六三・四二年である。)、右金額の割合によつて前同様に新ホフマン式計算方法により中間利息を控除して右治療関係費の現価を算定すると、次の計算式により、金三三七万〇三八〇円となる。

一万(円)×一二×二八・〇八六五=三三七万〇三八〇(円)

(三) 紙おむつ代 金二〇三万九三七一円

前記認定にかかる原告育美の症状、特に糞尿失禁状態からすると、生症状固定時以降についても、将来にわたつて毎日相当枚数の紙おむつを必要とすることは容易に推認し得るところであるから、将来の介護雑費として、原告育美の症状固定時点での平均余命である六四年間について、前記2のとおり月額金六〇〇〇円の割合によつて、前同様に新ホフマン式計算方法により中間利息を控除してその現価を算定すると、次の計算式により、金二〇三万九三七一円となる。

六〇〇〇(円)×一二×二八・三二四六=二〇三万九三七一(円)

5  本件後遺障害による逸失利益 金三三五〇万九四〇三円

(一) 前記認定にかかる原告育美の本件後遺障害の内容と程度、現在の症状に加え、前記のとおり原告育美が自賠責保険上一級の認定を受けていることをも総合して考えると、原告育美は、本件後遺障害のために、症状固定時の一八歳から労働可能な六七歳までの四九年間にわたつて、その労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認めるべきである。

また、原告育美が本件事故当時高校二年に在学し、健康状態が良好であつたことは前記認定のとおりであるから、これによると、原告育美は、本件事故に遭わなければ、少なくともそのまま高校を卒業する蓋然性が高かつたものということができる。

したがつて、原告育美の本件後遺障害による逸失利益算定の基礎収入額としては、平成二年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・旧中新高卒・女子労働者・一八歳ないし一九歳の平均給与額(年収)金一八二万九九〇〇円によるのが相当である(本件全証拠を検討してみても、原告育美が大学に進学の上これを卒業して就職するというまでの蓋然性を直ちに肯認するには至らない。)。

(二) ところで、被告は、原告育美が植物人間状態にあることを理由として、本件後遺障害による逸失利益の算定について、五割の生活費控除をなすべき旨主張する。

そこで検討するに、原告育美のように植物人間状態にある場合、通常の後遺障害のある患者の場合とは異なり、将来の生活費としては、もつぱら病院における治療や付添介護に要する費用に限定され、一般の場合に必要とされる労働能力の再生産に要する生活費のうち、食費については流動食として病院における治療費に含まれるものと考えられるし、その余の被服費、教養費、交通・通信費、交際費等についてはほぼ支出を必要としないといわなければならないから、生活費控除を行うのを相当と認めるべきところ(東京高裁昭和六三年二月二九日判決判例時報一二七三号六二頁参照)、前記認定説示にかかる若年患者の場合における脱却者の割合と将来の予測に関する当事者の負担の公平等を総合勘案すると、生活費控除の割合としては、就労可能とされる前記四九年間を通じて、これを二五パーセントとするのが相当であるというべきである。

(三) 以上に基づいて、原告育美の本件後遺障害による逸失利益につき、新ホフマン式計算方法によつて中間利息を控除してその現価を算定すると、次の計算式により、金三三五〇万九四〇三円となる。

一八二万九九〇〇(円)×(一-〇・二五)×二四・四一六二=三三五〇万九四〇三(円)

6  慰謝料 金二一〇〇万円

前記認定説示にかかる原告育美の受傷と治療経過、本件後遺障害の内容と程度、現在の症状等のほか、本件に現れた一切の諸事情を総合して考えると、原告育美の傷害による入院慰謝料としては金一〇〇万円、後遺障害による慰謝料としては金二〇〇〇万円が相当である。

7  以上によつて、原告育美の損害額を小計すると、合計金一億一四四〇万三一六一円となる。

三  過失相殺

1  前記当事者間に争いのない本件事故発生に関する事実と証拠(甲九号証の一ないし一一、乙二号証及び弁論の全趣旨)を総合すると、次の各事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件交差点は、東西道路(県道洲本西淡線、片側各一車線で各車線の幅員はいずれも二・七五メートル)に北西からの道路と南からの道路が交差する変形交差点であり、本件交差点の東側、西側及び北側にはそれぞれ横断歩道が設けられている。

なお、東西道路については、制限速度が時速五〇キロメートルとされており、また、交通量は普通である。

(二) 本件交差点の北西角には民家があり、同所には高さ二・七メートルの車庫のほか、右家屋や車庫を取り囲む高さ一・三メートルのブロツク塀が設けられているため、東西道路を東進する車両から左方(北方)に対する見通し及び北西道路を南進する車両用からの右方(西方)に対する見通しはいずれも不良となつている。

(三) そして、本件交差点では、信号機による交通整理が行われているところ、本件事故の発生した時刻においては、被告が被告車両を運転して東進してきた東西道路については黄色の灯火の点滅、また、原告育美が自転車に乗つて南進してきた北西からの道路については赤色の灯火の点滅になつていた。

(四) 被告は、前記日時頃、被告車両を運転して制限速度と同じ時速五〇キロメートルの速度で東西道路を東進し、本件交差点に差しかかつたところ、本件交差点西側の横断歩道の手前約一〇ないし一一メートルの地点において、原告育美乗車にかかる自転車が右横断歩道の東側沿いに南進してくるのを被告車両の左前方一八・八メートルの地点に発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、被告車両の右前角部分が、そのまま進行してきた原告乗車にかかる自転車の右側面に衝突し、原告育美を路上に転倒させた。

2  以上の認定事実によると、原告育美については、自転車に乗車して本件交差点内に進入するに当たり、交差点直前において一時停止すべきことを表示する赤色の灯火の点滅の対面信号があり(道路交通法七条、同法施行令二条一項、同法二条一項八、九号参照)、しかも、右方(西方)の見通しが悪い状態にあつたのであるから、右信号に従つて一時停止の上、右方の安全を確認して進行すべき注意義務があつたといわなければならないところ、原告育美には、これを怠り、漫然とそのまま乗車して本件交差点内に進入した過失があつたといわざるを得ず、この過失が本件事故の発生につき寄与したというべきである。

3  そして、右のほか、前記認定にかかる本件交差点の状況と被告の運転状況、特に被告には見通しの悪い本件交差点内に進入するに当たつて減速徐行を怠つた著しい過失があること、また、本件事故が普通乗用自動車と足踏自転車との間で生じた衝突事故であること等を総合して考えると、原告育美の過失の割合は四割と認めるのが相当である。

4  それゆえ、原告育美の損害額の算定に当たつては、右の割合によつて過失相殺をすべきであるから、前記二7の金額金一億一四四〇万三一六一円についてその四割を控除すると、金六八六四万一八九七円となる。

四  損益相殺

本件事故による損害について、原告育美がこれまでに被告から治療費として合計金二八五万五九一〇円、また、自賠責保険から金二五〇〇万円の合計金二七八五万五九一〇円の支払を受けたことは前記のとおり当事者間に争いがないから、これを前項の金額から控除すると、金四〇七八万五九八七円となる。

五  原告康明及び原告晴子の慰謝料

1  まず、前記三で判示した本件事故の発生状況によると、本件事故の発生につき、被告に被告車両の走行について前方の安全確認を怠つた過失があることは明らかといわなければならない。

2  そして、証拠(甲一八号証、原告康明の供述及び弁論の全趣旨)によると、原告康明及び原告晴子は、原告育美の両親として、本件事故の結果、唯一の子供である原告育美が前記認定説示にかかる傷害と後遺障害を負つたことによつて、同原告が死亡した場合と比肩すべき多大の精神的損害を被つたことが認められる。

3  以上によると、被告は、民法七〇九条に基づき、原告康明及び原告晴子がそれぞれ被つた固有の精神的損害を慰謝すべき責任を負うというべきところ、これまでに認定説示した一切の諸事情、殊に、原告育美の症状とこれに対する付添介護の労苦、本件事故発生について原告育美にも四割の過失のあること等を総合して考えると、原告康明及び原告晴子の慰謝料は、それぞれ各金二〇〇万円と認めるのが相当である。

六  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過及び認定額等に照らすと、本件事故と相当因果関係があるとして賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告育美については金三五〇万円、原告康明及び原告晴子については各二〇万円と認めるのが相当である。

七  結び

以上によると、原告育美の請求は、金四四二八万五九八七円及びこれに対する不法行為の日である平成二年九月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、また、原告康明及び原告晴子の各請求は、各金二二〇万円及びこれに対する右同日から右同様の遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安浪亮介)

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